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インターネットで、ミソジニー傾向の強い男性の発言を観測していると、そんなに女が嫌いだったらこっちももう男には関わらないようにして生きていくのですみません……みたいな気持ちが生じるのだけど、実際にはそんなの無理だし、もちろんすべての男性がミソジニーというわけではないということは十分わかっている、にも関わらず、上記のような感情を生じせしめるのでミソジニーはすごい……ミソジニストのもっとすごいところは、心底女が嫌いで軽蔑しているにも関わらず、性欲の対象は女である、というところで、女は嫌いだし軽蔑しているけど、若くて美しい女は全然別、でも世の中の大半の女は若くもなければ美しくもないし、殊に若さというのは自動的に失われていくものなので、ミソジニストのそうした性向を「それってどうなの……」と女が指摘するとそれは全部「自分が若くもなければ美しくもないので嫉妬している」という文脈に回収されてしまう、世の中のすべての男性がミソジニーというわけではないけど、大半の男性は潜在的にミソジニー傾向にあると思うので、女が女の処遇について「それってどうなの……」という指摘を行うと大体全部上記のような文脈に回収されてしまう、だからフェミニズムは女に敬遠される。フェミ的な何かを言おうと思ったら「恵まれないブスが何か言ってる……かわいそう……」くらいのことは最低でも思われる、ということをあらかじめ覚悟しなければいけないし、わざわざそんなリスクを負う気になるのは失うものがはじめから特にないというタイプの女だけだと思うし、実際のところ、自分の処遇がおかしくね?と思う女は、間違いなく恵まれないブスなのである。若くて美しい女がよい待遇を受けるようになっているのだから、なんか不当な待遇じゃね?と感じることがあれば、それはブスだからである、という蓋然性が高い。
わたしはかなり早い段階で、「女の美しさ競争」から降りてしまった、降りるどころかスタートラインにすらつかなかったかもしれない。なんでかというと、美しさ競争で優位になったとしてそのときに得られる利益が自分にとってさほど価値がなさそうだ、と思ったからだ。別にブスでもいいから他のところで利益をあげよう、ということになった。ブスなので、世の中の待遇がよい、と感じたことはあまりないけど、生活に困るほどではないし、ブスか美人かに関わらず、女が単独でも生活に困らないのであれば、それはよいことだと思うので、多くの女が単独でも生活に困らないような社会を作っていくのがフェミニズムの役割だと思うし、ミソジニーの人を見るとHPが削られる感じがするけど、男と喧嘩をするのがフェミニストの仕事ではない、ということは忘れないようにしたい……。

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