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いま、水無田気流の「無頼化する女たち」という本を読んでいるんだけど、その中に、かつては「普通の幸福」とされていた、郊外に持ち家一戸建て、夫はサラリーマンで妻は専業主婦、子ども二人、みたいなライフスタイルって今では全然手の届かないものだよね、みたいな話があり、実際、いまわたしは郊外に住んでいて、生ゴミを捨てるときにゴミを包む紙が必要だけど新聞をとっていないのでポストに入ってくるチラシをとっておくのだけど、うちのマンションのポストに入ってくる生ゴミが包めそうな大きさのチラシは殆どが売りマンションの広告なので、結果として分譲マンションの広告をチェックすることになり、今では彼氏が「見たことのないマンションのチラシが入っていたから一緒に見ようと思ってとっておいたよ!」とか言うので新築分譲マンションのチラシを見ながら「35年ローン……」とか呟いているのだけど、マンション買うのでさえ35年ローンにおののいているくらいだから、一戸建ての注文住宅とかになったらどうなるのだろう、死んで生命保険が下りたらいいの?という感じだし、ましてどっちかが専業で家事しかしなくなったら、ローンも組めません、夢のまた夢、だけど、わたしの実家は、まさしく郊外(というよりはもうちょっと田舎だが)に持ち家一戸建て、夫はサラリーマンで妻は専業主婦、子ども二人、というおうちであった。
以前に、発言小町で、こんなトピを見た。

男女平等になり、結局女性が苦しくなったと思いませんか?
31歳の女性です。
誰が男女平等なんて言い出したんだろうと思います。
結局女性の人生は、前より厳しくなった気がしませんか?

正社員の女性の数は少なく、正社員になれても年収は男性より断然低い場合が多く、その上なかなか結婚できない時代です。
一部の選ばれた人や、優秀な人、良い縁に恵まれた人は生活していけますが、それにあぶれたら、どうやって暮らしていけばいいのか不安です。

もう結婚できないかも・・。
できても共働き。
男性は男女平等で、女性に厳しい。

昔ながらの女性には優しく、女性は一段下で・・という時代の方が良かった気がします。
平等と言われても、やっぱり女性の方が体力も弱く、年収も一部の優秀な人以外は男性より低いです。

母親の時代が羨ましいです。
お見合いで結婚。
専業主婦。
今ではなかなか難しいです。

男女平等な訳がないのに、一部の優秀な女性のせいで大変になった気がします。
女性は一段下でいいから、ある程度守られたいです。

今の男性は男女平等といいながら、共働きで家事も子育てもして欲しい人が多いし・・。
すごくシビアで厳しい人が多いと感じます。
結局は自分の能力がないからと分かっているのですが・・悲しいです。

将来、生活保護費は増大する気がします。
女性は一部の優秀な人以外、結婚しないと食べていけません。
生きていくごとに価値はどんどん下がります。

生きるのは辛いです。
子供の時はバブルで良かったな。
日本も裕福でした。

うちの家は両親とも優秀じゃないけれど、普通の中流家庭でした。
私は将来どうなるんだろう・・。
生きていけるのか不安です。

どうしてこんなに女性に厳しい世の中になったのでしょう。
同じ思いの方はいらっしゃいますか?
男性と昔の女性が羨ましいです。

わたしの母親は、サラリーマン家庭に生まれて、「受験勉強するのがイヤだから」という理由で私立の高校に推薦入学して、高校卒業後は祖父の勤めていた会社に縁故で就職して、その間に父と出会って交際して、二十三歳くらいで会社を辞めて結婚した。結婚の翌年に第一子であるわたしが生まれた。二歳下の弟が生まれてからパートで働くようになった。家計補助の意味もあるけど働きに出たほうが気分転換になってよかった、と言ってた。父方の祖母と同居していたから子どもの面倒を見る負担も軽減されたのかもしれないし、家で姑の顔を見ているよりは外で働いたほうがよかったんだと思う。ここ数年はパートというよりほとんどフルタイムで働いているらしい。母親が何の仕事をしているかよく知らないのだが、デイケアセンターみたいなところで老人介護に関わる仕事をしているらしい。お給料はすごく少ないらしいが、彼女自身は「自分が毎月どれくらいの給料をもらっているか知らない」のだそうだ。お金のために労働しなくてもいい環境なのだろう。父もまだ定年前だし。
以前お母さんに「なんで結婚するときに仕事辞めたの?」と聞いたら「特に理由はない」という返事だった。たぶん本当に特に理由はなく辞めたのだと思う。そういうものだったのだろう。お母さんは結婚する前に華道と茶道と着付けを習っていたそうである。「なんで?花嫁修業のため?」と聞いたら「趣味」と言っていた。余談だけれど大学四年生くらいの頃に実家に一緒に住んでいる父方のおばあちゃんに「あんたは何か、習い事はしないの?」と聞かれて「習い事ってなに?」と聞いたら「お花とかお茶とか、花嫁修業はしないの?」といわれたのですごいびっくりした。お母さんが花嫁だった頃の感覚だと、お花とかお茶とかを習うのは趣味にせよ花嫁修業にせよ、一般的なことだったのかなあと思う。
わたしは子どもの頃から「自分の両親が作ったような家庭を自分も作るのだろうな」というような青写真を描いたことがなかったので、その不可能性に対して打ちひしがれる、というようなことがないのだけれど、わたしと同世代でそのような青写真で育った人からすれば、現状とのギャップははかりしれないだろうな、と思う。ちなみにわたしが子どもの頃に描いた人生の青写真は「大島弓子みたいな生活をする」というものであった。天才的な漫画家になる、という意味ではなく、「吉祥寺あたりで猫を飼って一人暮らしする女」という意味である。大島弓子みたくなりたいと憧れていたおかげで、専業主婦になれないから生きているのがつらい、とは思わなくて済んでいるからわたしは本当に幸せである、「自分の母親のように専業主婦になって夫に扶養してもらうのが普通であるはず」という価値観のもとに暮らしていたら、わたしの現在の生活(十万円の冷蔵庫を割り勘で買うような生活)は不幸すぎて死んでしまうだろう。わたしは十万円もする冷蔵庫が、二人だと、一人五万円で手に入る!という事実に、大変喜んでいる。

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