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好きなことで生きていかなくても別に大丈夫です

思春期から若者だった頃にかけて、好きなことを生業として生きていきたい、絶対に、サラリーマンとか主婦とかまじだせえ、ファッキン安定した生活、と信じて生きていました、それで好きなことをやって生きていくために色々と努力をしました、具体的には、わたしは作家になりたかったので、小説を読み、書き、文章の練習をし、作家になれそうな感じの大学に入り、作家とか文筆家とか文芸雑誌の編集者とかとコネを作り、新人賞に応募するなど、やれることは大体やったんですけど、あるときふと「小説を書くことが向いていないのでは?????」ということに気がつき、小説を書くのをやめました。これが22歳くらいのときです。

そうは言っても22歳になるまでの10年くらいは「好きなことで生きていく」ための努力しかしていないので、わたしは社会で就職するために有用なスキルを何一つ持っていませんでした、パソコンは使えるけどインターネットができるのとワードで文書が作れるというだけで、エクセルもパワーポイントもできません。あとは、ホームページを作っていたので、htmlタグをほんのちょっとだけ打てるくらい。外国語もできないし、大学で勉強したのは文学とフェミニズムだし、大学は四年で卒業したけど、作家になるつもりだったから就職活動もしていなかったし、さてこの先の人生どうしよう?

ということになって、取り急ぎ、派遣でフリーターをやっていました、正社員で就職というのは自分には無理だと思いました、うちのお父さんは会社員なんですけど、朝は始発で出勤し夜は終電で帰宅し休日も会社に行き家族旅行に行っても旅先に仕事を持っていくようなモーレツサラリーマンで、会社員とはおしなべてあれほどにまで働かなくてはならないのだ、と信じていたため、これは無理だ、と思ったのです。かと言って結婚もしたくないし子供なんか絶対に産みたくないから主婦になるとかも嫌でした。
できれば働きたくないけど、実家の家族との間に宗教的な軋轢があったため実家は絶対に出たかったので大学卒業時に一人暮らしを始めており、生活のために、とりあえずなんでもいいから自分にもできそうな簡単そうな仕事を選びました。

自分にもできそうな仕事、というものについて、わたしは全く自信がありませんでした、学生時代も、力仕事はイヤ(腕力がないから)、立ち仕事はイヤ(疲れるから)、接客はイヤ(他人と接するのがイヤだから)、調理関係もイヤ(料理をしたことがないから)、とにかく楽してできるだけ高い時給が欲しい、と思って大学内で事務のアルバイトをやっていたのですが、これが本当に死ぬほど楽で、資料室みたいなところで一日中座って、先生や学生がなにかを借りに来たらその対応をすればよくてあとはインターネットをしていてよい(時給900円)、というような業務だったものですから、自分にとって困難な仕事を頑張ってやり遂げた、という経験がなく、どんな仕事も自分には難しそうで、やっていける自信が全くありませんでした。

生活に関しても同様で、一人暮らしを始めるまでは料理も殆どできなかったほど生活力がなかったから、初めのうちは一人で生活していけるのか大変不安でした。

そうした中で、働き始めた職場というのが、大きい会社のコールセンターだったのですが、コールセンターと言ってもわたしは電話応対などは経験がないので、電話応対が楽そうなコールセンターを選んだのですが、そこでの仕事はもう本当に簡単でした、パソコンでの入力と取引先への電話連絡が主な業務なんですが、とにかく誰にでもできるようなやつで、さすがのわたしでも人並みに仕事をすることができたので、「自分にも社会で仕事ができるんだ!」と自信がつきました。

コールセンターには、コールセンターというのはどこでもそうだと思うけど、「好きなことで生きていく」を目指す若者が沢山いました、バンドマンが特に多かったです。わたしが学生の頃から当時まで付き合っていた男もバンドマンでした。いま思うと世の中にはバンドマンが多すぎる、需要と供給の関係を考えればバンドマンはこんなにいらないはずなのですが、みんな「我こそは!」と思って普段はコールセンターで働き、ライブの日は休みを取って職場でフライヤーを配っているのです。

バンドマンの彼氏はよく「別にメジャーデビューしたいわけじゃない、インディーズでいいから音楽で生活をしていきたい、なんならスタジオミュージシャンでもいい、会社員には絶対になりたくない、もし音楽以外の仕事をするなら友達と一緒に起業でもして、ユルくデザインとかの仕事をしたい」と言っていたので、なんだ単に就職したくないだけじゃん、と思いました。

コールセンターで一年半ほど働いたあと、コールセンターとかでなくて普通の会社の小さい営業所とかで一般事務をやりたいなあ、と思い、そういう仕事に派遣で転職をしました。コールセンターは社会のこととかよくわからない夢を追う若者しかいないので、そういう人と一緒に働き続けるのはキツイなあ、と思ったからです。あとコールセンターの仕事は業務が画一的すぎて辛かったから、普通の事務をやりたい、と思いました。

次の会社では、正社員のおっさん達が5時になると帰ってしまうことが多くてびっくりしました、わたしは正社員といったらうちのお父さんのように始発から終電まで働くのが普通だと思っていたからです。観察していると、仕事柄、業務を家に持ち帰ったりはできないし、納期や締切がある仕事ではないから、今日終わらなかったことは明日やることにすれば、5時に帰っても平気、という職種なのだということがわかりました。

その職場で、わたしは運命の出会いを果たしました、その人は35歳くらいで独身で、23区内に分譲マンションを持っており、わたしが入るより少し前に同業他社から転職してきた中途採用の人だったんですけど、全然仕事ができなくて、いつも上司やお客さんに怒られていました。どんなに怒られても仕事はできるようにならず、そのうち病気で休職し、数ヶ月後に出社してきたときには、別の同業他社へ転職するといってすぐに辞めてしまいました。わたしは彼の姿を見ていて思いました。

「この仕事はこんなバカでもありつける職業で、しかも一旦この職についたらどんなに仕事ができなくても転職先に困ることはなく、また、業界的に三十代独身でも23区内にマンションが買える程度の収入が得られるのかー。この人にできるような仕事なら(実際にはできてないけど)、わたしにもできるんじゃね?」

というわけで、わたしは、「転職先に困らず、5時に帰れて納期も締切もない職種」に就くために求人広告を探し、おっさん達と同業の職種の募集の中でも女の正社員を募集している雰囲気の会社の面接を受け、受かったので、晴れて正社員になりました。25歳のときのことです。

正社員になってからはすごい大変でした、帰ろうと思えば5時に帰れるんだけど、とにかく定時までは死ぬほど忙しい、毎分毎秒やらなければならないことが大量にあり、覚えなければいけないことも多く、多量の事務処理をしながら電話で顧客対応をし、しょっちゅう苦情を言われ、怒鳴られ、なじられ、恫喝される、という毎日で、「好きなことで生きていく」どころか出社した途端尿意も空腹も忘れて仕事に追いまくられるだけの人生になりました。とにかく一日、一週間があっという間に過ぎていき、土曜日は家で昼まで眠り、日曜日は翌日からの仕事に怯えて死にたい気持ちになる、泣きながら通勤電車に乗り、泣きながら帰ってくる、ということの繰り返しでした。

仕事はかなり辛かったのですが、毎月決まったお給料と残業代が貰えて、交通費は支給され、年に二回ボーナスが貰えたので、派遣の頃に比べると生活の余裕は出てきました。いつでも仕事を辞めたかったけど、ボーナス時期が近くなると「せめてボーナス支給日まで……」と思い、ボーナスを貰うと「ヤッター」という気分になるので、その繰り返しで、結局辞めるタイミングを逃したし、そもそも辞めてもっと楽な仕事で同じ待遇の職に就くことは不可能だ、とわかっていたから、辞めるにしてもスキルを身につけてから同業他社に転職しよう、と思っていました。

派遣の頃の、当面の生活に必要な収入しか得られなかった経済状況に比べると、少しずつ貯金ができるような生活は、わたしに大変な安心をもたらしました、今までは老後のこととか考えないようにしていたけど、この仕事を続けていれば、とりあえず一人で猫を養いながら生活していけそうだ、と思いました。結婚したいとは思っていなかったけど、子供は欲しいなあ、と思っており、35歳までに結婚したり子供を産んだりすることがなかったら高円寺に中古マンションを買って一生そこに住むことにしよう、と向こう十年くらいの計画を立てました。

ざっくりでも人生設計を立てると仕事のモチベーションも上がるので、いまの辛い仕事も将来のマンション購入のため、と思ってやり過ごしていたのだけれど、その後に縁あって、29歳で結婚して30歳で出産しました。出産してしまうともう同業他社でも正社員での転職は無理だと思ったので、定年までこの会社にいるしかない、というわけで、いまも同じ会社で働いています。

こうして振り返ってみると、若い頃あんなにバカにしていた「安定した生活」とか「サラリーマン」って、すごくいいじゃん、と思いました、わたしが小説を書くことで人の役に立つことはたぶんないけど、会社でやる仕事はお客さんの役に立っているし(あなたのおかげで助かりました、ありがとう、とよく言われるので)、多くなくても安定した収入があれば子供も育てられるし、子育てはなにしろ面白いし、若い頃は「安定した平凡な生活」をバカにするために、「自分だけは、凡百の人間とは違う、選ばれた、特別な、才能のある、稀有な人間なのだ、だから平凡な生活などはできないのだ」と思わなければならなかったけど、普通のサラリーマンになったら特別な存在である必要がなくなったので、すごい楽です、ホント昔は休日に子連れでショッピングモール行ってフードコートでご飯食べる人たちとか、何が楽しくて生きてるのか不思議でしたが、ショッピングモール全然楽しい。だって子連れで高円寺パル商店街とか行きにくいじゃん、オムツ替えどこでするのさ⁈

というわけなので、好きなことで食べていけるかどうかということと、幸せに暮らすということは、わたしにとっては特に関係ないと思いました。子供には、将来の仕事について考えるために、この家庭の生活がどのような生業によって成り立っているのか、世の中にはどのような仕事があるのか、そういうことを教えていきたいと思います。

あと、本が好きだったので、図書館司書とか、古本屋さんとか、本に囲まれた生活がしたいなあ、と思ったこともあったけど、仮にそうした夢が叶ったとして、好きなものだけに囲まれた生活をしていたら、多分、好きなもの以外のことには興味が持てず、世の中の仕組みとか他人の気持ちとかもわからず、すごい偏屈なババアになって生きにくい人生だったんじゃないかと思います、全然興味のない分野を仕事でやることになったおかげで、世の中には多様な仕事や価値観があることがわかったし、人と接する仕事なので他人の気持ちを忖度することも覚えたし、本当に勉強になったから、ラッキーだなあ、と思っています。仕事はお金が貰えるだけではなくて色々勉強になるから本当に便利だと思いました。




この本に、向上心がなくてだらしない安っぽい服装をしているという「かまやつ女」という概念が出てくるので、これはわたしのような女のことかな?と思ったんだけど、「かまやつ女」というネーミングが全然ピンとこなくて、よくわからないけど、そういう女でもなんとか生きています!!!

平成女子図鑑―格差時代の変容 (中公文庫)

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